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コラム

双極症の原因となる脳部位を特定|順天堂大の死後脳研究が示したこと

双極症の原因となる脳部位を特定|順天堂大の死後脳研究が示したこと|六本松こころのクリニック
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双極症の原因となる脳部位を特定|視床室傍核という小さな領域

2026年1月、順天堂大学などの国際共同研究グループが、双極症の病態の中心にある脳部位を同定したと発表しました。41名の死後脳を解析した、10年以上にわたる研究の到達点です。何が分かったのか、そして今の治療がどう変わるのかを整理します。

  • 41名の死後脳・82検体を解析
  • 日本発の国際共同研究
  • 平日朝7時から受診できます
監修

院長 前田 輝(まえだ あきら)
精神保健指定医/日本専門医機構認定 精神科専門医
福岡市中央区草香江2-1-5 AG六本松4F(地下鉄七隈線「六本松」駅 徒歩2分)

SECTION 1双極症の原因は、長く分かっていなかった

双極症(双極性障害)は、気分が高揚する躁状態と、深く落ち込むうつ状態を繰り返す病気です。世界の人口のおよそ1%が罹患するとされ、自殺のリスクが高く、社会的な負担も大きい疾患です。それにもかかわらず、脳の中で何が起きているのかは十分に解明されていませんでした。

診察室でも、この「原因が分からない」ことは重くのしかかります。双極症は、うつ状態で受診することが多いため、当初はうつ病と診断されることが少なくありません。診断が確定するまでに何年もかかることがあり、その間に処方された抗うつ薬が、かえって気分の波を大きくしてしまう場合もあります。抗うつ薬で十分な改善が得られないときの考え方についてはこちらの記事でも触れています。

血液検査や画像検査で診断できる病気であれば、こうした遠回りは避けられます。原因となる場所が特定できていない、というのはそれくらい大きな問題でした。

これまでの想定は「大脳皮質」だった

双極症の脳研究は、これまで前頭葉をはじめとする大脳皮質を対象とするものが中心でした。思考や判断、感情の制御に関わる領域なので、自然な発想ではあります。実際、多くの研究者がそこに答えがあると考えてきました。

今回発表された研究は、その想定を書き換えるものでした。

SECTION 241名の死後脳から分かったこと

順天堂大学大学院医学研究科精神・行動科学の西岡将基准教授、加藤忠史教授、気分障害分子病態学講座の坂下(窪田)美恵特任准教授らと、カナダ・マギル大学のトゥレッキ教授らによる国際共同研究グループは、視床上部の一部である視床室傍核(paraventricular thalamic nucleus、PVT)の神経細胞が特に強く障害されていることを明らかにしました。研究成果は2026年1月、『Nature Communications』誌のオンライン版に掲載されています。

図1 研究の規模 死後脳を用いた単一核RNAシーケンス解析 対象となった方 41名 患者21名/対照20名 解析した試料 82検体 視床および大脳皮質 解析した細胞核 約38万 前頭葉と比べて視床は試料を得ること自体が難しく、この研究は2013年頃から 10年以上にわたって各種機関と連携しながら積み重ねられてきたものです。 死後脳研究は、ご本人とご遺族の意思により提供された貴重な検体によって成り立っています。
図1|順天堂大学プレスリリース「双極症の原因脳部位として“視床室傍核”を同定」(2026年1月)の記載をもとに作図。

視床室傍核の神経細胞が、約半数に減っていた

解析の結果、明らかになったのは次の点です。

  • 双極症では視床の興奮性神経細胞、とりわけ視床室傍核の神経細胞が約半数に減少していた
  • 視床・大脳皮質を通じて最も遺伝子発現の変動が大きかったのが視床室傍核だった
  • 発現が低下していた遺伝子には、シナプス伝達やイオンチャネルの機能に関わるものが多く含まれていた
  • その中には、CACNA1CやSHISA9といった、双極症の遺伝学的リスクと関連する遺伝子が多く含まれていた
図2 これまでの想定と、今回の知見 研究の焦点が大脳皮質から視床へと移りました これまでの想定 大脳皮質を中心とした病態 ・前頭葉を対象とする研究が主流 ・思考や感情の制御を担う領域 ・原因部位は特定されていなかった 今回の知見 視床室傍核が中心的な役割 ・神経細胞が約半数に減少 ・遺伝子発現の変動が最も大きい ・リスク遺伝子の発現が低下 視床室傍核は視床上部の一部にある小さな領域で、これまで双極症研究の主要な対象ではありませんでした。 大脳皮質と比べて試料の入手が難しいことも、研究が進みにくかった理由のひとつです。
図2|順天堂大学プレスリリースおよび同大の研究紹介記事の記載をもとに作図。
リスク遺伝子が出てきた意味 CACNA1Cは、これまでの大規模な遺伝子解析で双極症との関連が繰り返し報告されてきた遺伝子です。その遺伝子の発現低下が、細胞数の減っている場所と同じ視床室傍核で見つかったという点が重要です。遺伝学的な研究と、実際の脳組織の所見が同じ場所を指した、ということになります。

SECTION 3もうひとつの発見

この研究グループは、その前年にも視床室傍核に関する成果を発表しています。2025年9月に『Psychiatry and Clinical Neurosciences』誌に公開された論文で、双極症の死後脳における視床室傍核の顆粒空胞変性とタウ病理の関与を報告したものです。

この研究の背景には、双極症を高頻度に伴うミトコンドリア病の原因遺伝子の変異を、脳に限って発現させたモデルマウスの存在があります。ミトコンドリアの機能異常が双極症に関わるという仮説は、加藤教授が長く追ってきたテーマでした。

研究を支えた方について 双極症患者の死後脳を顕微鏡で観察し、顆粒空胞変性を発見されたのは、この論文の共著者で、本来は共同責任著者となるはずであった故・河上緒先生です。順天堂大学在任中に双極症の死後脳研究に着手され、東京都医学総合研究所に移られた後、体調を崩され2024年3月に逝去されました。加藤教授は、この研究は河上先生の知識と経験がなければ成し得なかったと述べています。

ひとつの発見の背後には、こうした長い年月と、複数の研究者の積み重ねがあります。加藤教授自身、37年にわたって双極症の研究を続けてきたと語っています。

SECTION 4この発見で、治療は変わるのか

率直に申し上げると、今日明日の治療が変わるわけではありません。この点は、はっきりお伝えしておく必要があります。

今回明らかになったのは、双極症の病態において視床室傍核が中心的な役割を果たしているらしい、ということです。そこから診断法や治療法が生まれるまでには、いくつもの段階があります。

図3 ここからどこへ進むのか 原因部位の特定は、診断法・治療法開発の出発点にあたります 原因部位の特定 今ここ 他の研究での再現 海外での検証 診断法の開発 脳画像診断など 治療法の開発 臨床応用 研究グループは今後、視床室傍核を標的とした脳画像診断法の開発などを見据えています。 ただし、これらが実際の診療で使えるようになるには、なお時間が必要です。 図は開発の流れを概念的に示したもので、期間や成功可能性を表すものではありません。
図3|順天堂大学の発表内容および同大研究者のコメントをもとに、開発の段階を概念的に整理して作図。

加藤教授は、原因部位の解明は診断法や治療法開発の出発点であり、この発見が海外でも再現され、世界的に認められれば、双極症研究が飛躍的に進歩することが期待できると述べています。「再現されれば」という条件が付いている点に、研究者としての慎重さが表れています。

いま服用中のお薬について 新しい研究の報道を受けて、いま飲んでいる薬の意味を疑いたくなることがあるかもしれません。ですが、気分安定薬をはじめとする現在の治療は、これまでの臨床試験の積み重ねによって有効性が確認されてきたものです。自己判断での中断は、再発や気分の大きな変動につながるおそれがあります。疑問を感じたときは、やめる前に主治医にお伝えください。

SECTION 5研究の進歩と、今日の暮らしのあいだで

「原因が分かった」というニュースは、当事者やご家族にとって希望になります。同時に、その希望と、明日も続く生活とのあいだには距離があります。この距離をどう扱うかが、実は難しいところです。

今できることは、確実にあります

原因の解明を待たなくても、双極症の経過を安定させるために有効だと分かっていることがあります。

  • 生活リズムを一定に保つ。とくに睡眠時間と起床時刻の乱れは、気分の波の引き金になりやすいことが知られています。
  • 気分の変化を記録する。日々の気分、睡眠時間、出来事を簡単に記録しておくと、波の前触れに早く気づけます。記録を治療に活かす考え方についてはこちらの記事で扱っています。
  • 再発のサインを本人と周囲で共有しておく。「買い物が増える」「人に電話をかけたくなる」など、その方に固有のサインがあります。
  • 治療を続ける。調子が良い時期に自己判断で中断してしまうことが、再発の最も多い引き金です。

双極症は、波とのつきあい方を身につけていくことで、仕事や家庭を続けていける病気です。原因の解明はいずれ治療を変えるでしょう。それを待ちながら、今できることを積み重ねていく。そのお手伝いをするのが、私たちの役割だと考えています。

FAQよくあるご質問

視床室傍核とは、どこにある場所ですか?
視床上部の一部にある小さな領域です。視床は脳の中心近くに位置し、感覚や情報の中継点として働いています。今回の研究で注目されたのは、その視床の中でも室傍核と呼ばれる部分でした。大脳皮質に比べて研究用の試料を得ることが難しく、これまで双極症研究の主要な対象ではありませんでした。
この検査を受ければ、双極症かどうか分かるようになりますか?
現時点ではできません。今回の研究は亡くなった方の脳組織を解析したもので、生きている方の診断に直接使えるものではありません。研究グループは今後、視床室傍核を標的とした脳画像診断法の開発を見据えていますが、それが実際の診療で使えるようになるにはまだ時間が必要です。現在の診断は、これまでどおり症状の経過を丁寧にうかがうことで行われます。
神経細胞が半分に減っているなら、もう治らないということですか?
そうは言えません。この所見は病態の一端を示すものであり、回復の可能性を否定する結果ではありません。実際、双極症の方の多くは、治療によって気分の波を抑えながら生活を続けておられます。また、細胞数の減少がいつどのように生じたのか、症状とどう対応しているのかについては、まだ分かっていないことが多く残されています。結果を悲観的に読みすぎないほうがよいと考えます。
ミトコンドリアの異常が原因という話を聞きました。本当ですか?
仮説のひとつとして長く研究されてきたテーマです。双極症を高頻度に伴うミトコンドリア病の原因遺伝子に着目した研究が進められており、今回の研究グループもこの流れを背景に持っています。ただし「双極症の原因はミトコンドリアの異常である」と確定したわけではありません。研究の途上にある考え方として受け止めるのが適切です。
家族に双極症の人がいます。自分も発症しますか?
双極症には遺伝的な要因が関わることが知られており、今回の研究でもCACNA1CやSHISA9といったリスク遺伝子が登場します。ただし、リスク遺伝子を持っていることと発症することは同じではありません。多くの遺伝的要因と環境要因が複雑に関わって発症すると考えられており、家族に患者さんがいるからといって必ず発症するわけではありません。気分の変動が気になる場合は、早めにご相談ください。
うつ病と診断されていますが、双極症の可能性はありますか?
可能性はあります。双極症はうつ状態で受診することが多いため、初診の時点ではうつ病と診断されることが少なくありません。過去に、数日以上にわたって気分が異常に高揚した、眠らなくても平気だった、普段より活動量や買い物が増えた、といった時期があれば、それは重要な情報です。ご本人が「調子が良かっただけ」と受け止めていることも多いため、ご家族から見た印象も参考になります。心当たりがあれば、次の診察でお伝えください。

CONTACT気分の波が気になるとき

「落ち込む時期と、やたらと調子が良い時期を繰り返している」「うつの治療を受けているが、良くなったり悪くなったりを繰り返す」。こうした経過が続いているなら、一度ご相談ください。当院では、これまでの経過をさかのぼって確認し、診断の枠組みが適切かどうかを含めて評価します。ご家族からの情報が判断の助けになることもありますので、可能であればご一緒の受診も歓迎します。

六本松こころのクリニック(心療内科・精神科)
〒810-0045 福岡市中央区草香江2-1-5 AG六本松4F
地下鉄七隈線「六本松」駅 徒歩2分
TEL 092-401-4556
平日は朝7時から診療しています
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REFERENCES参考文献

  1. 順天堂大学「双極症の原因脳部位として“視床室傍核”を同定 ― 患者死後脳の単一核RNA解析から ―」(2026年1月)
    https://www.juntendo.ac.jp/news/25887.html
  2. 順天堂大学「双極症における視床室傍核の顆粒空胞変性とタウ病理の関与を解明」(Psychiatry and Clinical Neurosciences 誌オンライン版 2025年9月2日公開)
    https://www.juntendo.ac.jp/news/24219.html
  3. 順天堂大学 研究紹介「精緻な遺伝子解析で双極性障害治療を次のステージへ」
    https://www.juntendo.ac.jp/branding/report/sohatsu_12/
  4. 科学研究費助成事業データベース(KAKEN)「双極性障害の原因における視床室傍核の役割についての研究」(研究代表者:加藤忠史)
    https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-17H01573/
  5. Brain/MINDS 2.0「双極症の原因脳部位として“視床室傍核”を同定~患者死後脳の単一核RNA解析から」
    https://brainminds.jp/news/6260
本記事は、大学および研究機関が公表したプレスリリース等の情報をもとに、一般的な医学情報の提供を目的として作成したものです。紹介した研究成果は、現時点で診断法や治療法として確立されたものではなく、個々の患者さんの診断・治療方針を示すものでもありません。研究の解釈は今後の検証によって変わる可能性があります。現在服用中のお薬を自己判断で中止・減量することは、症状の再燃や気分の大きな変動につながるおそれがあります。治療についてのご判断は、必ず主治医にご相談ください。

心療内科・精神科/〒810-0045 福岡市中央区草香江2-1-5 AG六本松4F(地下鉄七隈線「六本松」駅 徒歩2分)
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