ケトジェニック食は
うつ病に効くのか?
世界初の本格RCTを精神科医が解説
― JAMA Psychiatry 2026年2月発表のオックスフォード大学研究 ―
結論を先に申し上げます。「可能性は示されたが、効果は限定的で、抗うつ薬の代替にはならない」──これが論文を一次情報から読み解いた、誠実な答えです。本記事では、原著論文の数値とともに正確に解説します。
そもそもケトジェニック食とは?
ケトジェニック食(ketogenic diet, KD)は、糖質を極端に減らし、脂質を多めに摂る食事です。具体的には、1日の糖質摂取量を30g以下(一般的な日本人の摂取量の約1/8〜1/10)まで抑えます。
体内の糖質が枯渇すると、肝臓が脂肪を分解して「ケトン体」というエネルギー源を作り出します。脳神経細胞はこのケトン体をブドウ糖の代わりに利用できるため、脳のエネルギー代謝が変化することが知られています。
もともとは小児の難治性てんかんに対して20世紀初頭から使われてきた、れっきとした医学的食事療法です。近年、その応用範囲がうつ病・双極性障害・統合失調症などの精神疾患にも広がるのではないか、と注目されてきました。
なぜ精神科でケトジェニック食が注目されたのか?
うつ病の脳では、エネルギー代謝の異常・炎症・神経伝達物質の不均衡などが報告されています。動物実験や少数例の症例報告では、ケトジェニック食がこれらに影響を与える可能性が示唆されていました。
ただし、これまでは厳密な比較対照試験(RCT)が存在せず、本当に効果があるのか科学的には未解明でした。
世界初のRCT──オックスフォード大学のDIME試験
2026年2月4日、JAMA Psychiatry 誌オンライン版に、待望のランダム化比較試験(RCT)が掲載されました1)。著者は英国オックスフォード大学のMin Gao博士らで、試験名は DIME試験(Dietary Interventions for MEntal Health Study)です。
| 研究デザイン | 単盲検ランダム化比較試験(NCT06091163) |
|---|---|
| 実施場所 | 英国全土・オックスフォード大学 |
| 実施期間 | 2024年2月22日〜6月15日 |
| 対象者 | 18〜65歳の治療抵抗性うつ病患者88名 (抗うつ薬の試行歴あり、PHQ-9スコア15点以上の中等症以上) |
| 介入 | ケトジェニック食群:糖質1日30g未満の調理済み食品 対照群:植物由来の栄養素豊富な対照食(マッチング食) |
| 期間 | 6週間 |
| 主要評価項目 | PHQ-9(うつ症状自己評価尺度)スコアの変化 |
重要なポイントは、「食事介入の性質上、被験者には何を食べているか分かってしまう」ため、薬の試験で使う二重盲検(医師も患者も中身を知らない)はそもそも実施不可能です。そのため単盲検(評価する研究者だけが盲検)として実施されています。これは食事介入研究の必然的な限界です。
結果は?──「効果はあったが、限定的」
6週間後、両群ともにPHQ-9スコアは大きく低下していました。
6週間後の改善幅
6週間後の改善幅
(modest=控えめ)
この数値をどう読むべきか
確かに、ケトジェニック食群の方が対照群より2.2点多く改善しています。主要評価項目では統計学的有意差も出ています。ですが、ここからが本論文の「誠実さ」が光るところです。
“In this RCT, a KD had antidepressant benefits compared with a well-matched control diet at 6 weeks. However, the clinical relevance is uncertain, as the mean effect size compared with the control was modest and not evident in secondary analyses.“
(本RCTにおいて、ケトジェニック食は対照食と比べ6週時点で抗うつ効果を示した。しかし、群間の平均効果量は控えめで、副次解析では効果が確認されなかったため、臨床的妥当性は不明確である)
つまり著者ら自身が、以下を率直に認めています。
- 効果量は「控えめ(modest)」であり、劇的な改善ではない
- 副次評価項目(うつ症状以外の指標)では効果が消失している
- そのため「臨床的妥当性は不明確」
これは、PubMed・JAMA Psychiatry公式・EurekAlert!プレスリリースのいずれにも明記された、研究者自身の慎重な結論です1) 2)。
なぜ対照群も8.3点も改善したのか?
実はこの研究でもう一つ重要な発見は、対照群(普通の植物由来食を提供されただけのグループ)も6週間で8.3点もPHQ-9が改善している点です。これは「軽症から中等症のうつ」が寛解レベルに近づくほどの改善幅です。
なぜでしょうか。考えられる要因は複数あります。
- 食事提供そのものの効果:6週間、栄養バランスのとれた調理済み食が無料で届く環境は、生活ストレスを大きく減らします
- 定期的な研究者との接触:週に1回のチェックインや健康コーチによる支援が、それ自体「治療的」に働いた可能性
- 「自分が研究に参加している」という効果(Hawthorne効果)
- 自然経過による回復:うつ病は時間とともに自然軽快する側面もあります
つまり、「ケトジェニック食でうつが10.5点改善した」のではなく、ケトジェニック食でも対照食でも、構造化された食事介入プログラムに参加することで大きく改善した、というのが正しい読み方です。その上で、追加で2.2点ぶんだけケトジェニック食の方が良かった、ということです。
この研究をどう臨床に活かすか
では、当院ではこの研究結果をどう受け止め、患者さんにどうお伝えしているか。3つの観点から整理します。
① 補助療法としての可能性は否定しない
抗うつ薬を複数試しても十分な改善が得られない「治療抵抗性うつ病」の患者さんにとって、選択肢が広がること自体は希望です。主治医の管理下で、栄養士の指導を受けながら、補助的にケトジェニック食を試すことは検討に値する可能性があります。
② しかし「抗うつ薬の代替」にはならない
この研究は、抗うつ薬を中止してケトジェニック食に切り替えた研究ではありません。参加者は抗うつ薬の試行歴がある「治療抵抗性うつ病」患者で、研究中も多くが抗うつ薬を継続服用していました。
「薬をやめてケトジェニック食に切り替えれば治る」という解釈は完全に誤りです。自己判断での服薬中断は、症状の急激な悪化や自殺念慮の再燃を招く危険があります。
③ 自己判断は危険──医療管理下でこそ意味がある
ケトジェニック食は決して「健康的でリスクのない食事」ではありません。以下のような副作用・リスクが知られています。
- 「ケトフルー」(開始直後の倦怠感・頭痛・吐き気)
- 低血糖(特に糖尿病治療薬服用中の方は危険)
- 脂質異常症の悪化
- 便秘・脱水・電解質異常
- 長期的な腎機能・骨密度への影響(議論中)
- 摂食障害の既往がある方では再燃リスク
特に摂食障害の既往がある方、糖尿病・腎臓病・脂質異常症がある方、妊娠中・授乳中の方は、医師の管理なしに自己流で始めるべきではありません。
- 世界初の本格RCTで、ケトジェニック食は対照食と比べて2.2点ぶん多くPHQ-9を改善したが、効果量は「控えめ」
- 主要評価項目では有意差が出たが、副次評価項目では効果が消失し、著者自身が「臨床的妥当性は不明確」と結論
- 抗うつ薬の代替ではなく、あくまで主治医管理下での補助療法として位置づけるべき
「食事でうつが治る!」と聞いたら、立ち止まって考えてね
うつ病で苦しんでいる時、「これさえやれば治る」という情報は、とても魅力的に聞こえるよね。でも、SNSやネット記事の見出しは、論文の本当の結論とかなり違うことが多いの。
今回の研究も、「効果はあった」けど「とても限定的」で、しかも「対照群も大きく改善した」というのが正確な読み方。食事の自己改造を始める前に、まずは主治医に相談してね。
当院でのご相談について
「抗うつ薬を試したけれど、効果がいまひとつ」「食事や生活習慣を含めて、総合的に治療を考えたい」「家族から糖質制限を勧められたが、自分で判断できない」──こうしたお悩みをお持ちの方は、お一人で判断せず、ぜひ精神科専門医にご相談ください。
当院は福岡市中央区六本松にて、働く方・学ぶ方のための心療内科・精神科を運営しております。平日朝7時からの早朝診療にも対応しており、出勤前・通学前のご受診が可能です。完全防音個室・WEB予約・WEB問診を導入しており、プライバシーに配慮した環境で安心してご相談いただけます。
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📚 出典・参考文献
- Gao M, Kirk M, Knight H, et al. A Ketogenic Diet for Treatment-Resistant Depression: A Randomized Clinical Trial. JAMA Psychiatry. Published online February 4, 2026. doi:10.1001/jamapsychiatry.2025.4431
- EurekAlert! Press Release. “A ketogenic diet for treatment-resistant depression”. JAMA Network, 4-Feb-2026.
- ClinicalTrials.gov. DIME Study (NCT06091163). University of Oxford.
- 厚生労働省「うつ病」みんなのメンタルヘルス総合サイト
- 日本うつ病学会 治療ガイドライン II. 大うつ病性障害 2024年
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