スマートウォッチで
「こころ」は測れる?
HRV・睡眠スコアの実力と付き合い方
睡眠スコア、ストレス値、心拍変動(HRV)――。手首の小さなデバイスが示す数字は、こころの状態を教えてくれるのでしょうか。最新の研究をもとに「わかること・わからないこと」を、精神科専門医がやさしく整理します。
精神保健指定医/日本専門医機構認定 精神科専門医。「今できることをする」「患者さんの生活ごと支える」を大切に、ITを活用しながら働く人・学ぶ人の受診しやすい診療を行っています。
手首の数字は、こころのサインになる?
スマートウォッチやスマートリングが身近になり、「睡眠スコア」「ストレス」「HRV(心拍変動)」といった指標を毎日目にする方が増えました。当院にも「HRVが低いのですが大丈夫ですか」「睡眠スコアがずっと悪くて不安です」というご相談が寄せられます。
結論から言うと、これらのデータはこころとからだの状態を映す“ヒント”にはなりますが、それ単体で病気を診断できるものではありません。大切なのは、数字の意味を正しく知り、振り回されずに活かすことです。ITを積極的に使う当院だからこそ、便利さと限界の両方を、一次情報にもとづいて誠実にお伝えします。
HRV(心拍変動)は自律神経のバロメーター
HRVとは、心拍と心拍のあいだの時間の“ゆらぎ”のこと。心臓は一定のリズムで打っているようで、実は間隔が細かく変動しており、この変動の大きさが副交感神経(リラックスを担う神経)の働きをある程度反映するとされています。一般に、ストレスや疲労が強いときにはHRVが下がりやすい傾向があります。
メンタルヘルスとの関係も研究されています。うつ病では、複数のメタ解析で健常者よりHRVが低い傾向が繰り返し報告されており、患者2,250名を含む2019年のメタ解析でも、うつ病群でHRVの各指標が低いことが示されています。不安症でも、36研究・約2,000名を対象とした解析でHRVの低下が確認されています(ただし効果の大きさは“小〜中程度”です)。
睡眠スコアは、どこまで正確?
睡眠は、専用の検査(終夜睡眠ポリグラフ検査=PSG)が“ゴールドスタンダード”とされます。市販のウェアラブルをPSGと比べた検証研究から、実力が見えてきました。
「眠っているか・起きているか」の判別はかなり得意で、主要な機種で感度およそ95%以上という報告があります。一方で、「浅い睡眠・深い睡眠・レム睡眠」といった睡眠段階の判別は苦手〜そこそこにとどまります。6機種・成人62名を対象とした2025年の検証では、段階判定の一致度(Cohenのκ係数)は0.21〜0.53で「わずか〜中程度」の一致でした。
ここで知っておきたいのは、睡眠段階の判定はそもそも難しいということ。専門家が検査波形を採点しても、2人の判定が一致するのは一晩あたり約83%と報告されています。加えて、各社のアルゴリズムは非公開のため、外部から精度を厳密に検証しづらいという限界もあります。
オルソソムニア ― 「良い睡眠スコア」を追いすぎて眠れなくなる
睡眠データを気にしすぎることで、かえって眠れなくなる――そんな現象に「オルソソムニア(orthosomnia)」という名前がついています。2017年、睡眠医学の専門誌で報告された概念で、トラッカーの数値を完璧にしようとするあまり、睡眠へのこだわりや不安が強まり、不眠が悪化してしまった患者さんのケースが紹介されました。
興味深いのは、これらの患者さんが「実際にはよく眠れている」ことを検査で示されても、アプリの“低いスコア”のほうを信じてしまい、考えを変えるのが難しかったという点です。完璧主義や健康不安との関連も指摘されています。血糖値を常時測る機器で、かえって不安が強まる例と似た構図です。
では、どう活かす? ― 「診断」ではなく「気づき」の道具に
ウェアラブルのデータを、うつや不安を自動で見つける“診断ツール”のように扱うのはまだ早い段階です。心拍や活動量、睡眠から気分の変化を推定しようとする研究(デジタル表現型)は世界中で進み、有望な結果も出ていますが、手法の標準化や再現性に課題が残り、現時点で個人を診断できる医療機器ではありません。
一方で、上手に使えばとても役立ちます。おすすめは「一晩ごとの数字」ではなく「週・月単位の傾向」を眺めること。「最近ずっと睡眠時間が短い」「気分が落ちている時期は活動量も減っている」といった変化に気づき、受診や生活の見直しのきっかけにする――これがいちばん健やかな活用法です。データは、あなたを理解するための“入口”です。
当院は電子カルテやWeb予約などITを積極的に活用していますが、テクノロジーはあくまで人を支える道具だと考えています。手首の数字が気になって不安が続くとき、その気づきをきっかけに一度お話しに来ていただければ、生活ごと一緒に整えていくお手伝いができます。
スマートウォッチとメンタルヘルスQ&A
スマートウォッチのHRVが低いと、うつ病なのでしょうか?
睡眠スコアが毎晩悪いのですが、不眠症でしょうか?
スマートウォッチのデータは、診察に持って行ってもいいですか?
「ストレススコア」はどれくらい信頼できますか?
睡眠アプリが気になって、かえって眠れません。どうすれば?
どんな症状が出たら受診したほうがいいですか?
手首の数字が気になったら、その気づきを大切に
「受診するほどか分からない」段階でも構いません。
平日朝7時から、お仕事・学校の前に受診いただけます。
〒810-0045 福岡市中央区草香江2-1-5 AG六本松4F / 地下鉄七隈線「六本松」駅 徒歩2分
TEL 092-401-4556 / 平日 朝7時〜
主な参考文献(一次情報)
- Kemp AH, et al. Impact of depression and antidepressant treatment on heart rate variability: a review and meta-analysis. Biol Psychiatry. 2010.
- A meta-analysis of heart rate variability in major depression. Psychological Medicine. 2019.(21研究・患者2,250名/健常者1,982名)
- Chalmers JA, Quintana DS, Abbott MJ, Kemp AH. Anxiety disorders are associated with reduced heart rate variability: a meta-analysis. Front Psychiatry. 2014;5:80.
- Heart rate variability in mental disorders: an umbrella review of meta-analyses. Translational Psychiatry. 2025.
- Baron KG, et al. Orthosomnia: Are Some Patients Taking the Quantified Self Too Far? J Clin Sleep Med. 2017.
- Robbins R, et al. Accuracy of Three Commercial Wearable Devices for Sleep Tracking in Healthy Adults. Sensors (Basel). 2024.
- Schyvens AM, et al. A performance validation of six commercial wrist-worn wearable sleep-tracking devices for sleep stage scoring compared to polysomnography. SLEEP Advances. 2025.
- Abd-Alrazaq A, et al. Systematic review and meta-analysis of performance of wearable artificial intelligence in detecting and predicting depression. npj Digital Medicine. 2023.
ご注意
本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の診断・治療方針を示すものではありません。スマートウォッチ等のデータは医療機器による診断に代わるものではなく、記載された研究結果には個人差や限界があります。ご自身の症状やお薬について不安がある場合は、自己判断で対処せず、主治医または医療機関にご相談ください。気分の落ち込みや強い不安が続くときは、早めに専門機関へのご相談をおすすめします。
コメント