統合失調症の新しい治療薬コベンフィ|ドパミンを標的としない薬
2024年9月、米国でコベンフィが承認されました。ドパミン受容体を遮断しないという、統合失調症の薬としては初めての仕組みを持つ薬です。ただし承認後に行われた追加の試験では、期待どおりにいかなかった結果も出ています。現在地を正確に整理します。
- ムスカリンM1・M4に作用
- 日本では未承認
- 平日朝7時から受診できます
院長 前田 輝(まえだ あきら)
精神保健指定医/日本専門医機構認定 精神科専門医
福岡市中央区草香江2-1-5 AG六本松4F(地下鉄七隈線「六本松」駅 徒歩2分)
SECTION 170年続いた「ドパミンを抑える」という発想
1952年にクロルプロマジンが登場して以来、統合失調症の薬物治療は一貫してドパミンを標的としてきました。脳内でドパミンが過剰に働いていることが幻覚や妄想の背景にあるという考え方にもとづき、ドパミンD2受容体を遮断する薬が次々と開発されてきたのです。
この方針は確かに成果を挙げました。ただ、D2受容体を遮断するという作用は、症状に関わる回路だけでなく、運動やホルモンの調節に関わる回路にも及びます。そのため、次のような副作用が避けにくいという課題が残りました。
- 手のふるえ、体のこわばり、じっとしていられない感じといった錐体外路症状
- 体重増加や代謝への影響
- プロラクチンというホルモンの上昇に伴う症状
- 強い眠気
また、陽性症状(幻覚や妄想)にはある程度効いても、意欲の低下や感情の平板化といった陰性症状、そして認知機能の低下には効きにくいという限界も指摘されてきました。「別の仕組みの薬はないのか」という問いは、長く残されたままだったのです。
SECTION 2統合失調症の新しい治療薬、コベンフィ
2024年9月26日、米国食品医薬品局(FDA)は、成人の統合失調症の治療薬としてコベンフィ(一般名:キサノメリン・トロスピウム塩化物)を承認しました。開発元は米ブリストル・マイヤーズ スクイブで、もとはカルナ・セラピューティクス社が開発コードKarXTとして開発していたものです。
この薬は、ドパミンD2受容体を遮断せずに統合失調症を治療する、初めて承認された薬です。仕組みが少し変わっているので、順を追って説明します。
2つの成分を組み合わせる理由
キサノメリンは、ムスカリン性アセチルコリン受容体に作用する薬です。M1からM5まで5種類ある受容体のすべてに結合しますが、とくにM1とM4に対して強く働きます。実はこの成分自体は新しいものではなく、かつてアルツハイマー病を対象に研究された経緯があります。
問題は、ムスカリン受容体を刺激すると、吐き気、嘔吐、発汗、唾液の増加といったコリン作動性の副作用が体の側に強く出てしまうことでした。ここで加えられたのがトロスピウムです。こちらはムスカリン受容体を遮断する薬ですが、血液脳関門をほとんど通過しないという性質を持ちます。つまり、脳の中ではキサノメリンが働き、体の側ではトロスピウムがその副作用を抑える、という設計になっています。
SECTION 3承認の根拠となった試験
承認の根拠になったのは、EMERGENT-2とEMERGENT-3という2つの第3相試験です。いずれも同じ設計で、プラセボと比較したランダム化二重盲検試験でした。
また、ムスカリン受容体への作用によって、陽性症状だけでなく陰性症状や認知機能への効果も期待できるのではないかという議論があります。ただし、この点についてはまだ結論が出ていません。
SECTION 4承認のあとに起きたこと
ここからが、あまり報じられていない部分です。新しい仕組みの薬が承認されたというニュースは大きく取り上げられましたが、その後の展開は必ずしも順調ではありません。
併用療法の試験は目標に届かなかった
2025年4月、開発企業はARISE試験の結果を公表しました。これは、すでに非定型抗精神病薬を服用していて症状が十分に抑えられていない成人に、コベンフィを上乗せする形で使う試験です。
結果は、6週後のPANSS合計スコアでプラセボ上乗せ群と比べて2.0点の低下にとどまり、統計学的な有意差の基準には達しませんでした。数値としては改善の方向でしたが、目標には届かなかったということです。同社は、併用療法の開発は変動しやすい患者さんの反応や試験設計上の難しさなど、もともと困難を伴う領域であると説明しています。
認知症の精神症状を対象とした試験も遅れている
もうひとつの期待は、アルツハイマー病に伴う精神症状(幻覚や妄想)への応用でした。この領域には承認された治療薬がなく、現状では適応外の薬に頼らざるを得ません。
ところが2025年12月、開発企業は一部の実施施設で試験運営上の不適切な事案が見つかったとして、該当データを除外したうえで参加者を追加登録すると発表しました。その後さらに登録の遅れが重なり、結果の公表は2027年初頭から順次となる見込みが示されています。
SECTION 5日本ではどうなっているのか
2026年8月時点で、コベンフィは日本では承認されていません。したがって、国内の医療機関で処方を受けることはできず、当院でも取り扱いはありません。
ただし、まったく無関係というわけでもありません。先ほど触れたARISE試験は、米国や欧州とともに日本も参加した国際共同治験として実施されました。国内での開発が進められていることは確かですが、承認申請の状況や時期については公表されている確かな情報がないため、「いつ使えるようになる」といった見通しをここで述べることは控えます。
いま国内でできること
新しい薬の話は希望をもたらしますが、それを待つあいだにも治療は続きます。国内で使える薬の中でも、選択肢は決して少なくありません。統合失調症の薬物治療の考え方についてはこちらの記事で詳しく扱っています。
- 副作用がつらいなら、伝えてください。錐体外路症状、体重増加、眠気などは、薬剤の変更や用量の調整で軽減できることがあります。我慢して続けるものではありません。
- 飲み忘れが多いなら、そのことも共有してください。剤形や服用回数を変えることで、続けやすくなる場合があります。
- 自己判断での中断は避けてください。調子が良くなった時期の中断が、再発の最も多い引き金です。
- 薬だけで完結させない。生活支援、就労支援、家族への支援を含めて考えることが、長期的な安定につながります。
FAQよくあるご質問
日本でいつ使えるようになりますか?
従来の薬より副作用が少ないのですか?
いま飲んでいる薬に足す形で使えますか?
陰性症状や認知機能にも効くと聞きました。本当ですか?
認知症の幻覚や妄想にも使えるようになりますか?
新しい薬が出るまで、治療を待ったほうがよいでしょうか?
CONTACTいまの治療に納得できていないなら
「薬が合っていない気がする」「副作用がつらくて続けられない」「この治療でよいのか分からない」。そうした迷いは、抱え込まずに共有していただきたい部分です。当院では、これまでの治療経過と副作用の出方をうかがったうえで、選択肢を一緒に整理します。ご家族だけのご相談も承っています。
〒810-0045 福岡市中央区草香江2-1-5 AG六本松4F
地下鉄七隈線「六本松」駅 徒歩2分
TEL 092-401-4556
平日は朝7時から診療しています
REFERENCES参考文献
- Bristol Myers Squibb「U.S. Food and Drug Administration Approves Bristol Myers Squibb’s COBENFY (xanomeline and trospium chloride), a First-In-Class Muscarinic Agonist for the Treatment of Schizophrenia in Adults」(2024年9月26日)
https://news.bms.com/news/details/2024/U.S.-Food-and-Drug-Administration-Approves-Bristol-Myers-Squibbs-COBENFY-xanomeline-and-trospium-chloride-a-First-In-Class-Muscarinic-Agonist-for-the-Treatment-of-Schizophrenia-in-Adults/default.aspx - Kaul I, Sawchak S, Correll CU, et al. Efficacy and safety of the muscarinic receptor agonist KarXT (xanomeline-trospium) in schizophrenia (EMERGENT-2) in the USA: results from a randomised, double-blind, placebo-controlled, flexible-dose phase 3 trial. Lancet. 2024;403(10422):160-170.
- Bristol Myers Squibb「Bristol Myers Squibb Announces Topline Results from Phase 3 ARISE Trial Evaluating Cobenfy as an Adjunctive Treatment to Atypical Antipsychotics in Adults with Schizophrenia」(2025年4月22日)
https://news.bms.com/news/details/2025/Bristol-Myers-Squibb-Announces-Topline-Results-from-Phase-3-ARISE-Trial-Evaluating-Cobenfy-xanomeline-and-trospium-chloride-as-an-Adjunctive-Treatment-to-Atypical-Antipsychotics-in-Adults-with-Schizophrenia/default.aspx - Bristol Myers Squibb「Bristol Myers Squibb Announces Continuation of ADEPT-2 Phase 3 Study in Psychosis Associated with Alzheimer’s Disease」(2025年12月)
https://news.bms.com/news/corporate-financial/2025/Bristol-Myers-Squibb-Announces-Continuation-of-ADEPT-2-Phase-3-Study-in-Psychosis-Associated-with-Alzheimers-Disease/default.aspx - Dean B. IUPHAR Review on muscarinic M1 and M4 receptors as drug treatment targets relevant to the molecular pathology of schizophrenia. Pharmacol Res. 2024;210:107510.
- Paul SM, Yohn SE, Popiolek M, et al. Muscarinic Acetylcholine Receptor Agonists as Novel Treatments for Schizophrenia. Am J Psychiatry. 2022;179(9):611-627.
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