診断のつかない痛み——「検査で異常なし」と言われた痛みの正体
何か月も痛みが続いているのに、レントゲンでもMRIでも血液検査でも異常が見つからない。いくつもの病院を回って、最後には「ストレスでしょう」と言われた。——そんな経験をされた方に読んでいただきたい内容です。診断のつかない痛みは「気のせい」ではなく、現在では痛みを感じる仕組みそのものの変化として理解されつつあります。
前田 輝(まえだ あきら) 院長
精神保健指定医/日本専門医機構認定 精神科専門医
複数の精神科病院・クリニックでの勤務を経て、2026年4月に福岡市中央区六本松で開業。平日朝7時からの診療を行っています。
診断のつかない痛みを抱えている方の多くが、痛みそのものと同じくらい、「分かってもらえないこと」に苦しんでいます。検査で異常が見つからないと、周囲から「大げさだ」と思われ、自分でも「気のせいなのだろうか」と疑いはじめる。この記事では、こうした痛みが医学の世界でどう位置づけられてきたのか、そして治療について何が分かっていて何が分かっていないのかを整理します。
1. 「原因の見つからない痛み」は、それ自体が病気とされた
2019年、国際疼痛学会(IASP)の作業部会は、WHOの国際疾病分類ICD-11のために、慢性の痛みの新しい分類を発表しました[1]。ここで大きな転換がありました。
それまで痛みは、多くの場合「何かの病気の症状」として扱われてきました。新しい分類では、これを2つに分けたのです。
- 慢性二次性疼痛:がん、関節リウマチ、手術後など、ほかの病気の症状として起こる痛み
- 慢性一次性疼痛:痛みそのものが一つの病気とみなされるもの
慢性一次性疼痛は、3か月を超えて続き、強い感情的な苦痛(不安、いらだち、気分の落ち込み)や生活上の支障を伴い、ほかの病気では十分に説明できない痛みと定義されました[2]。線維筋痛症、慢性の広範囲の痛み、複合性局所疼痛症候群、原因のはっきりしない慢性腰痛、慢性の内臓の痛みなどがここに含まれます。
「原因が見つからない=病気ではない」ではなく、「原因が見つからなくても、その痛みは正式な診断名を持つ病気である」という扱いに変わった、ということです。診断書や統計のうえでも、その痛みは存在するものとして数えられます。
2. 痛みには3つの仕組みがある
もう一つの大きな変化が、痛みの仕組みの分類です。国際疼痛学会は2017年、従来の2つに加えて3つ目の仕組みを認めました。これが痛覚変調性疼痛(つうかくへんちょうせいとうつう、ノシプラスティック・ペイン)です[3]。
痛覚変調性疼痛は、組織の傷みや神経の損傷では説明できないのに、痛みを感じる仕組み自体が変わってしまった状態を指します。2021年に医学誌ランセットに掲載された総説によれば、この痛みの特徴は、組織や神経の傷の程度から予想されるよりも痛みが広い範囲に及ぶこと、そして倦怠感、睡眠の問題、記憶や集中力の低下、気分の問題といった、脳や脊髄に由来する症状を伴いやすいことです[3]。
音量つまみがおかしくなったオーディオに例えられることがあります。入力される音(体からの信号)は小さいのに、増幅装置の側が上がりすぎていて、大きな音として聞こえてしまう。壊れているのはスピーカーではなく、増幅の仕組みのほうだ、という考え方です。だからレントゲンやMRIをいくら撮っても写らないのは、当然ということになります。
3. 日本での位置づけ
日本でも2021年に、10の学会が合同で『慢性疼痛診療ガイドライン』を作成しました。厚生労働省の研究班が監修し、全日本鍼灸学会、日本運動器疼痛学会、日本口腔顔面痛学会、日本頭痛学会、日本線維筋痛症学会、日本疼痛学会、日本ペインクリニック学会、日本ペインリハビリテーション学会、日本慢性疼痛学会、日本腰痛学会が編集に加わっています[4]。作成にあたっては慢性疼痛の患者代表の意見も取り入れられました。
診療科をまたいで10学会が関わっているという事実そのものが、この問題の性質をよく表しています。慢性の痛みは、整形外科だけ、麻酔科だけ、精神科だけで完結する問題ではありません。
4. 治療について分かっていること・いないこと
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい部分です。慢性の痛みに対しては、さまざまな薬が使われてきましたが、その根拠は思われているほど強くありません。
2023年、コクラン共同計画が176の臨床試験・28,664人のデータを統合し、慢性の痛みに対する抗うつ薬の効果を比較した解析を公表しました[5]。対象となった痛みは線維筋痛症(59試験)、神経障害性疼痛(49試験)、筋骨格系の痛み(40試験)などです。
結果は明快でした。標準用量のデュロキセチン(SNRIと呼ばれる種類の抗うつ薬)は、痛みが半分以下になる人の割合でも、痛みの強さそのものでも、確実性が中〜高い根拠をもって効果が示されました。ミルナシプランがそれに次ぎましたが、確実性は一段低いものでした。そしてそれ以外の抗うつ薬については、効果と安全性について確かな結論を出せるだけの根拠がありませんでした。
この解析には、正直に受け止めるべき限界もあります。
試験期間は平均10週間にとどまり、長期に使ったときのことは分かっていません。そして多くの試験は、気分の落ち込みなど心の不調がある人をあらかじめ除外していました。しかし実際に診察室に来られる方は、痛みが長く続いた結果として気分が落ち込んでいることが少なくありません。つまり、いちばん知りたい集団のデータが、もっとも足りていないのです。
薬以外の選択肢
慢性の痛みの診療では、薬だけに頼らないことが共通した方針になっています。運動療法、認知行動療法などの心理的アプローチ、複数の職種が関わる集学的な治療などが組み合わせて用いられます。日本のガイドラインでも、これらは主要な項目として検討されています[4]。
ただし、ここでも効果の大きさは「劇的」というほどではありません。重要なのは、痛みをゼロにすることではなく、痛みがあっても生活の幅を取り戻すことに目標を置き換えていく視点です。これは諦めではなく、実際にそちらのほうが結果として痛みも軽くなりやすい、という方向転換です。
5. 心療内科・精神科にできること
「痛いのに心療内科?」と思われるかもしれません。当院にできるのは、痛みを直接取り除くことではなく、次のような部分です。
- 併存している気分の問題や不安、不眠への対応。痛みが長引くと、これらが一緒に起こることがよくあります。そして、これらが改善すると痛みの感じ方も変わることがあります
- 痛みと生活の関係を整理すること。どんなときに強く、どんなときに軽いのか。仕事や家庭の状況とどう関係しているのか
- 睡眠を立て直すこと。眠れないと痛みに対する感受性は高まります
- 「分かってもらえない」状態から抜けること。これ自体が治療の一部です
・これまで受けた検査の結果(お持ちであれば)
・お薬手帳(他院で処方されている痛み止めを含めて)
・痛みが始まった時期と、強くなったり弱くなったりのきっかけのメモ
・一日のうちで痛みが強い時間帯
すでに整形外科やペインクリニックにかかっている方は、そちらの治療をやめる必要はありません。並行してご相談いただけます。
よくあるご質問
診断のつかない痛みは、結局「気のせい」なのでしょうか?
いくつも病院を回っています。次はどこに行けばよいですか?
抗うつ薬をすすめられました。うつ病ではないのに飲むのですか?
「痛みをゼロにする」のは目標にならないのですか?
家族に「大げさだ」と言われるのがつらいです。
痛みと一緒に、眠れない・気分が落ち込むという症状もあります。
長く続く痛みと、そのつらさについて
痛みそのものの治療は専門の診療科が担いますが、それに伴う不眠、気分の落ち込み、不安についてはご相談いただけます。すでに他院で治療中の方も、並行してのご相談が可能です。特定の検査や治療をお約束するものではありません。
〒810-0045 福岡市中央区草香江2-1-5 AG六本松4F
地下鉄七隈線「六本松」駅 徒歩2分
TEL 092-401-4556/平日は朝7時から診療しています
参考文献(一次情報)
- Treede RD, Rief W, Barke A, et al. Chronic pain as a symptom or a disease: the IASP Classification of Chronic Pain for the International Classification of Diseases (ICD-11). Pain. 2019;160(1):19-27. doi:10.1097/j.pain.0000000000001384
- Nicholas M, Vlaeyen JWS, Rief W, et al. The IASP classification of chronic pain for ICD-11: chronic primary pain. Pain. 2019;160(1):28-37. doi:10.1097/j.pain.0000000000001390
- Fitzcharles MA, Cohen SP, Clauw DJ, Littlejohn G, Usui C, Häuser W. Nociplastic pain: towards an understanding of prevalent pain conditions. Lancet. 2021;397(10289):2098-2110. doi:10.1016/S0140-6736(21)00392-5
- 厚生労働行政推進調査事業費補助金(慢性の痛み政策研究事業)研究班(監修), 慢性疼痛診療ガイドライン作成ワーキンググループ(編). 慢性疼痛診療ガイドライン. 真興交易医書出版部; 2021年6月30日発行. Mindsガイドラインライブラリ
- Birkinshaw H, Friedrich CM, Cole P, et al. Antidepressants for pain management in adults with chronic pain: a network meta-analysis. Cochrane Database Syst Rev. 2023;5(5):CD014682. doi:10.1002/14651858.CD014682.pub2
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